あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

「LOTUS」の句会に行ってきました!

 

こんばんは。

 

昨日は俳句同人誌「LOTUS」の句会に参加させていただきました。案の定長くなるので、目次付きでお読みください。

 

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『LOTUS』第39号(最新号)。特集は「古田嘉彦句集『展翅板』評」と「無時空映作品評」。

 

目次

 

1.句会に参加させていただいた理由

 

2.句会までの流れ

 

3.句会当日の様子

 

4.懇親会

 

1.句会に参加させていただいた理由

 

私が「LOTUS」の句会に参加させていただきたいと思った大きな理由は、同人である九堂夜想(くどう・やそう)さんと酒卷英一郞さんの作品に惹かれたからです。

 

まず、九堂さんの俳句を『LOTUS』第39号から何句か引いてみます。

 

我空とやみな蛇の香に酔いやすし

 

月餐やながるる琴のみな無弦

 

「我空」(がくう)とは仏教の言葉で、人間の体や心は因縁によって生成した仮のものであり、永久不変の我がそこにあるのではないという意味。

「月餐」とは、「げっさん」と読めば良いのでしょうか。こうした熟語は無く、九堂さんの造語だと思います。「餐」には飲食することや、ごちそうといった意味があるので、月の世界で開かれる宴のようなものを想像します。

 

・・・というふうに言葉の意味を解説していますが、九堂さんの句を鑑賞する上でこうした解説はあまり有効ではないと思います。

 

例えば1句目の「みな蛇の香に酔いやすし」とはどういうことでしょう。「蛇の香」という言葉からどのようなイメージを持つでしょう。毒?誘惑?欲望?

それから「酔いやすし」という言葉からは普段とは違った状態になることはイメージ出来ますが、さらに深めていけば人によってそのイメージは違ってくると思います。

欲望の権化になってしまったのか? 狂ってしまったのか? 死んでしまったのか?

そして、「みな蛇の香に酔いやすし」と書かれているということは、そうした欲望や誘惑から人は逃げられないということだろうか?

 

また、2句目の「琴のみな無弦」という表現からは、「琴の弦が無い」ということは通常に考えて音が出ませんが、「むげん」の音が「無限」を連想させて、むしろどのような音でも出せる琴を想像させます。

 

このように九堂さんの俳句は、現代的に解説された言葉の意味ではなく、古代から持つ言葉のイメージを鑑賞するものです。

私にとって九堂さんの句は、文字を読むより絵を観る(さらに言えば絵巻を観る)感覚に近いです。例えば、百鬼夜行絵巻の鬼神たちの姿から、彼らがどのような鬼神なのか想像する感覚です。

 

次に酒卷英一郞さんの俳句を同じく『LOTUS』第39号から引いてみます。

 

大片の

たびら雪なり

うつつなも

 

養花天

この花先の

鼻曇り

 

酒卷さんの俳句の特長としてまず挙げられるのは一行表記ではなく三行表記であること。三行で俳句が書かれることで、句のなかの言葉がより浮き立つという効果があると思います。

 

例えば、1句目の

 

大片の

たびら雪なり

うつつなも

 

ですが、「大片」とは大きく切り分けられたさま。「たびら雪」とは春になって、気温が上がってから降る雪です。

また、「うつつ」とは現実のこと。「〜なも」とは古語で、「〜てほしい」「〜てもらいたい」(願望)「〜ているだろう」(現在の推量)といった意味があります。

 

古語は不勉強なので確かなことは言えませんが、この句の場合「現実であってほしい」という意味になるでしょうか。

 

句の全体を訳すと

 

大きく切り分けられた

春の雪である

現実であってほしい

 

という意味になるでしょうか。

 

この句が三行表記であることで、春の雪が降っている空の広さや、その雪を見て「現実であってほしい」と思うほどに圧倒されている人物の姿(どこか広い場所に一人でいるような気がします)、そしてなにより春の雪の妖しさを含んだ美しさが、言葉が浮き立つと同時に伝わってきます。

 

また、2句目は掛け言葉的な要素が強い句です。「花先」は「鼻先」、「鼻曇り」は「花曇り」と一般的に書かれますが、この句では「はな」という二つの言葉を敢えて逆に表記しています。やはりここでも三行表記による言葉の浮き立ちが効果的です。

 

「養花天」とは桜が咲く頃の曇り空のことで、春の季語になっています。「花曇り」とも言います。

 

つまり、この句では養花天の下、自分のすぐ先に花があるのに、「鼻が曇っていて」その香りに気付かない人物の姿が書かれています。その姿が表記の入れ替えと合わさってユーモラスに感じられます。

 

九堂さんと酒卷さんの句は、作風が大きく違いますが、どちらも言葉によって句の世界感を作っていくという点では大きく共通していると思います。

 

私は、俳句の美しさや季語の美しさは日本語が長い時間をかけて作り上げてきたものだと考えています。しかし、その長い時間のなかでいつの間にか付け加えられた「俳句はこうあるべき」「季語はこうあるべき」という決まりに、若干の息苦しさを感じてもいました。

 

私にとって、九堂さんや酒卷さんは実際に俳句を書くことでそうした息苦しさを打破しているように見えました。

 

そうしたことから、実際に句会に参加して、お二人とお会いしてお話を聞いてみたい、またお二人以外の「LOTUS」の同人の方ともお会いしたいと思うようになりました。

 

2.句会までの流れ

 

「LOTUS」の句会までの流れは以下の通りです。

まず、当日の1ヶ月前までに句を投句します。その後、メールや郵便で今回の俳句一覧が送られます。

それをもとに自分が良いと思った句を3句選び、講評も書きます。また、それ以外でも気になったいくつかの句の講評を書きます。その選句と講評とを当日までに送り、句会に臨みます。

 

投句の締め切りが1週間前くらいの句会や、当日に投句する句会もあるので、それと比べると「LOTUS」の句会はかなり締め切りが早いです。

 

これは、「LOTUS」のブログに「『LOTUS』は句会および批評活動を通して〈詩〉としての俳句の可能性を追求する現代俳句グループです。」と書いてあることと関係していると思います。

例えば、先に書いたような九堂さんの句や酒卷さんの句を、当日いきなり見せられて解釈することは非常に難しいです。自分の分からない言葉を調べたり、その上でそれぞれの句に対する自分の解釈を作り上げたりする必要があります。投句の締め切りから句会当日までの1ヶ月という時間は、そうした解釈を深めるためにあるのだと思います。

 

また、選句だけではなく講評を書いて送るのはやはり解釈を深めるためという理由がありますが、その他に当日参加出来なかった方の評を代読することで句会のなかで共有するためという理由もあります。

 

この投句の締め切りの早さからは、そうした「LOTUS」のストイックさを感じました。

 

3.句会当日の様子

 

前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、そうした思いで今回の句会に参加しました。

 

句会の会場は王子駅からすぐ近くの複合文化施設北とぴあ

 

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北とぴあ。大きいです。

 

北とぴあの8階にある会議室で句会は行われました。参加人数は私を含めて10人と少しでした。

ちなみに、会議室に入って驚いたのは、広い部屋のなかにまるで政治家が座るような大きい革張りのソファーが、楕円形の大きなテーブルを囲んで並べてあったこと。酒卷さんは「他の部屋は普通の会議室なんですが、何故かこの部屋だけこんなに立派なんですよ」と仰いました。

 

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立派だった801会議室の入り口。「LOTUSの会」と書かれてあります。

 

今回私が投句した句は次の3句です。

 

言語野の

端ばかり見て

秋の暮

 

はらからの

そのははからの

波羅蜜多

 

枯尾花

或る辭失くして

揺れ止まぬ

 

また、選句した句ですが、その作者の方の了解を取ったわけではないのでこのブログには載せられません。すみません。

 

少し見て分かるように、三行表記の俳句を書いてみました。言うまでもなく酒卷さんに憧れてのことです。

また、いま私が所属している「海原」では一行表記が前提なので、せっかくなら「海原」で出来ないことをやってみたかったという思いもありました。

 

私は、今回の句会は、初めて三行表記を書いてみて、それを酒卷さんをはじめとする同人の方に見てもらえば参加させていただいた意義があり、無点句でも仕方ないとも思っていました。

 

しかし、結果として

 

言語野の

端ばかり見て

秋の暮

 

の句が4点をいただき、最高得点タイになりました。

 

しかも、その選んでいただいた方のお一人には酒卷さんもいらっしゃいました。自分が憧れていた方から選をいただけたのです。

 

そして、「最高得点タイ」と書いていますが、この日の最高得点者のお一人にいらっしゃったのも酒卷さんでした。つまり、得点だけで言えば、酒卷さんの句に私の句が並んだことになります。(得点だけで言えば、ですよ)

 

このように、最高得点タイをいただき、酒卷さんにも選んでいただき、得点で酒卷さんに並ぶという、良いことづくめの句会でした。非常に驚きましたし、嬉しかったです。

 

全体的な句会の雰囲気を言えば、やはりストイックさを感じました。

「LOTUS」の句会には一行表記だけでなく、酒卷さんのような三行表記、また四行表記の句もあるので、三行或いは四行で書いた意図についても議論します。多くの結社や同人誌が一行表記を前提としているので、そのぶん議論の幅が広いと思いました。

 

このようにして、非常に有意義な句会を体験出来ました。

 

4.懇親会

 

句会が終わった後は、近くの居酒屋で懇親会がありました。

懇親会では、何人かの方から俳句を書き始めたきっかけや、好きな俳句作家について訊かれました。また、多行表記についてどう思っているのか、そうした多行表記のなかでもなぜ三行表記で俳句を書こうと思ったのかということも訊かれました。

 

逆に、私がお聞きした話で印象的だったのは九堂さんからのお話です。書くのが遅くなってしまいましたが、九堂さんは「海原」の前身である「海程」にかつて所属していました。そのため、私が日頃「海原」の句会でお世話になっている方についての色々なお話を「暴露」していただきました(笑)

 

また、九堂さんと酒卷さんとに揮毫を書いていただき、ツーショットを撮っていただけたことも嬉しかったです。私のお願いに対して、お二人とも快く引き受けてくださいました。ありがとうございました。

 

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『LOTUS』第39号の裏表紙に書いていただいた九堂さんの揮毫。

 

放く(さく)ころを天寂として蝶の道    夜想

 

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九堂さんとのツーショット。九堂さんはイケメンかつイケボな方でした。

 

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『LOTUS』第35号(酒卷さんの特集号)の裏表紙に書いていただいた酒卷さんの揮毫。

 

英桃

端から座五を

空けて待つ    英一郞

 

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酒卷さんとのツーショット。酒卷さんの句に使われている言葉は難しいものが多く、そこからなんとなく「ご本人も気難しい方だったらどうしよう」と思ってしまっていましたが、実際にお会いするととても気さくな方でした。

 

また、句集や俳誌もたくさんいただきました。重ねてありがとうございました。

 

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九堂さんからいただいた『海程多摩』第8集・第12集、『LOTUS』第39号。

 

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酒卷さんからいただいた安井浩司の評論集『海辺のアポリア』と、句集『空なる芭蕉』『宇宙開』『烏律律(うりつりつ)』。

 

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四行表記の俳句を書かれている上田玄さんからいただいた句集『暗夜口碑』

 

遺髪あり

漂う雲の

翳は

宿墨    上田玄

 

次回の句会は12月にあります。三行表記の俳句は実際に書いてみて思った以上に楽しかったので、次回も参加しようと思います。今回の句会で考えたことを活かした句を書きたいです。

 

長くなりましたが、以上、「LOTUS」の句会の参加記録でした。

 

では、また。

 

「LOTUS」のブログ。今回の句会報告が早くも載っています。他の方の句はこちらからご覧ください。→(http://blog.livedoor.jp/lotus_haiku/