あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

高知県旅行記 1日目② ~かつおゲストハウス到着!~

 

前回の記事→
ryjkmr1.hatenablog.com

 

こんにちは。

 

今回も前回に引き続き、高知旅行について書いていきたいと思います。

 

その前に、少し説明。

 

前回の記事の最後で桂浜について書きましたが、すぐそばにある桂浜水族館には行っていません。

 

なんか、桂浜の波を見ているうちに無の境地になってしまって・・・(笑)

 

それから、桂浜にある大きな龍馬像には行きましたが、逆光がひどくて写真に撮れませんでした。

 

というワケで、桂浜の入り口にあった石碑と、お土産屋にあった小さな龍馬像を代わりに見てもらいたいと思います。すいません。水族館には次に高知に行ったときに行きます。

 

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入り口にあった石碑

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小さな龍馬像

 

それでは、続きを書いていこうと思います。目次をどうぞ。

 

目次

 

1 ゲストハウスに到着!

2 夕飯と、思いがけない出会い

3 たこ焼きパーティー

 

 

1 ゲストハウスに到着!

 

桂浜から同じようにMY遊バスに乗り、高知駅に戻ります。

 

そして、いよいよ今回の宿泊先であるゲストハウスを目指します。

 

ゲストハウスの名前はその名もかつおゲストハウス」。

 

katuo-gh.com

 

路面電車の停留所「高知駅前」がある高知駅南口とは逆方向、北口を出て、10分ほど歩くと見えてきます。

 

ほとんどチェックインの時間の16時ちょうどに着きました。

 

着いてまず目に飛び込んできたのは、そのかわいい外観!!

 

壁やベランダにモザイクタイルが貼られていて、とってもおしゃれです。それから、入り口のドアの横にあったカツオのガラスタイルも素敵でした。

 

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ゲストハウスの外観

 

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入り口

 

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ガラスタイル

 

ゲストハウスに入って、最初に案内してくれたのはオーナーのまきさん。実は、まきさんには桂浜に行くバスを待っているとき(前回の記事参照)、ゲストハウスに着く大体の時間を伝えていました。

 

そして、まきさんはそのことを覚えてくれていて「桂浜は楽しめましたか?」と嬉しい一言をかけてくれました (*´▽`*)

 

私が予約していたのはゆずルーム。さっきの写真の建物は本館なのですが、そのすぐ隣の別館にある部屋です。

 

部屋に入った私が驚いたのは、ハンモックが堂々と(?)広げてあること!

 

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部屋の様子

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ハンモック

まきさん曰く「ゆずルームはかつおゲストハウスのなかで一番有名な部屋なんですよ」とのこと。こんなハンモックがあったらそうだろうなぁ~。

 

ちなみに、ゆずルームは入り口のドアにも彫刻が施されていて素敵でした (^ o ^)

 

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入り口のドア(少し暗いかな?)

 

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ゆずルームの看板

 

この日は高知に着いたばかりで、はりまや橋や桂浜に行ったので少し疲れてしまい、夕方くらいまでゴロゴロしていました。自分の体重を考えるとハンモックに乗ることが出来るか不安だったのですが、意外と(?)大丈夫でした。

 

ハンモックに寝たり、ベットに寝たり、ゲストハウス備え付けの漫画を読んだりして過ごしました。(「おもひでぽろぽろ」の原作が置いてありました。結構面白かったです)

 

2 夕飯と、思いがけない出会い

 

やがて時間は6時。そろそろ夕飯を食べに行こうと思い、まきさんに「この近くでどこかオススメの店ってありますか?」と訊きます。すると「青木」酔鯨亭」という二つのお店を教えてもらいました。悩んだ結果、鯨料理が有名だという「酔鯨亭」に向かうことに。初めての鯨料理に期待しました。

 

酔鯨亭」は路面電車で「はりまや橋」で乗り換えてすぐ、「デンツウターミナルビル前」の近くにあります。どちらの停留所で降りてもすぐに着きます。また、高知駅から歩いても行けます。

 

しかし、見つかったはいいものの入ってみると満席!お店の人に「ごめんなさい・・・」と言われてしまいました。

 

その後も3軒ほどお店をあたってみましたが、やはり満席・・・。高知の人の日本酒好きをナメていました。

 

結局入ったのは、「せい和」さんというお店。このお店も「はりまや橋」を降りてすぐにあります。

 

さっき書いたように鯨料理が食べたかったので、席に着くなり真っ先に鯨の刺身を注文。

 

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思った以上の量に少し圧倒されながら、口に入れてみました。

 

まず感じたのは、とても身が柔らかいこと。そして、とてもジューシーなこと。

 

とっても美味しかったです。めちゃくちゃお酒がすすみます (*^▽^*)

 

そのあとも、この日2回目となるカツオの刺身や、「せい和」名物という親子丼もいただきました。

 

そして、このお店では思いがけない出会いがありました。

 

私がご飯を食べていると、隣の席に50代くらいのサラリーマンの方が座ってきました。後で名前をお伺いしたら、Sさんという方でした。

 

Sさんは全国のあちこちを出張していて、今回の高知への出張で47都道府県を制覇されたそうです(スゴい!)

 

そして、Sさんは席に着くなり、慣れた様子でお店の女将さんに「私、高知初めてなんですよ」と仰っていました。

 

「私、高知初めてなんですよ」・・・!

 

正直に言えば、私がこのお店に入ったとき、行ってみたかった言葉です。「それがきっかけで、お店の人や他のお客さんと話が弾めば良いな、それが一人旅の醍醐味だよな」と考えていました。

 

案の定、Sさんはその言葉をきっかけに女将さんと話が弾んでいます。

 

「どちらから来はったんですか?」

「岩手です」

「お仕事ですか?」

「はい」

 

等々・・・。

 

その様子を見ながら、私は思い切って、女将さんが厨房に戻られたときにSさんに声をかけてみました。

 

「先ほど、初めて高知にいらっしゃったと仰っていましたが、僕もなんです」

「そうなんですか!どちらからいらしたんですか?」

「埼玉です」

「埼玉!私の息子が埼玉の会社で働いているんですよ」

 

そんな風に私たちが話しているときに、女将さんがSさんの頼んだビールを持ってきました。

 

すかさず、女将さんにも「ぼくも今回初めて高知に来たんです」と話しました。女将さんは、初めて高知に来た人が二人並んで座っていることに、少し驚いたようでした。

 

そこから先の時間は本当に楽しかったです。

 

岩手から来たSさんを中心に、東北地方の焼酎と、四国や九州地方の焼酎の味について話したり。Sさんによれば、東北の焼酎は辛いので、それを普段呑んでいる身からすると、四国や九州地方の焼酎はとても甘く感じるそうです。

 

また、Sさんがこれまでに訪れた寺社仏閣の話や、司馬遼太郎竜馬がゆく』の話もしました。

 

また、キビナゴの刺身や、お酒も何杯かおごってもらいました (*≧▽≦*)

 

キビナゴは普段天ぷらで食べているので、その味のイメージが強かったのですが、刺身で食べると脂身が乗っていてとても美味しかったです。

 

そんな感じで、Sさんと1時間か2時間、とても楽しい時間を過ごせました。

 

またいつか会えるか分からないけれど、この場を借りてお礼を言いたいです。

 

Sさん、ごちそうさまでした。そしてありがとうございました!

 

3 たこ焼きパーティー

 

そんな感じでほろ酔い(酩酊?)状態となり、Sさんとは、お店の前で別れました。

 

路面電車の終電が思ったより早く、お店を出たときにはその終電が行ってしまった後だったので、ゲストハウスまで歩いて帰ります。

 

「これで今日はシャワーを浴びて寝るだけだ・・・」そう思いながらゲストハウスに着きました。

 

しかし、そこで私を待ち受けていたのは思いもよらない光景でした。

 

ゲストハウスの共有スペースで、スタッフさんとお客さんを合わせてたこ焼きパーティーが行われていたのです。

 

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「さっきご飯を食べたばかりだし、どうしようかな」と、しばらく(0.5秒)考えたのですが、気付いたら席に座っていました。

 

スタッフさんとお客さんで一緒にたこ焼きを作ります。楽しかった~ (*^▽^*)

 

ぶっちゃけて言えばこのたこ焼きは、たこ意外にも色んな材料を入れる「闇焼き」でした(笑)イカだったり、キムチだったり、チョコレートだったり・・・。

 

それから、この日泊まっていた人ともゆっくり話せました。カナダから来ている人、お遍路をしていて、その途中で高知県に来ている人、旅が好きで、全国の色んな島に行っている人・・・。色んな人がいました。

 

そんな感じでたこ焼きパーティーは盛り上がりました。「少し食べ過ぎかな?」という思いもなきにしもあらずでしたが、「旅行だから良いか!」と深く考えないことにしました(笑)

 

ただ、たこ焼きをひっくり返すのが自分だけ上手く出来なくて、スタッフの一人、はるかさん(オシャレ)に「きむきむホントにヘタ~」と言われてしまったことは深く考えようと思います。

 

ちなみに、「きむきむ」というのはゲストハウスでのあだ名です。到着してすぐにつけられました(笑)

 

また、少しマジメな話になってしまいますが、そうした様々な人からの話を聞きながら、「いま自分はなにをしたいんだろう、将来自分はなにをしたいんだろう」という考えが生まれました。

そのことはいまも考え続けています。出来たらまた詳しくこのブログに書きたいです。

 

夜の10時か11時くらいにたこ焼きパーティーは解散。充実した気持ちで布団に入りました。

 

というワケで、1日目はこれで終了。2回に分けて書いてしまいました。(長い~)

 

次回は2日目にひろめ市場に行ったことから書こうと思います。

 

ではまた。m(_ _)m

 

おまけ・ゲストハウスに置いてある被り物を被る私。

 

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高知県旅行記 1日目① ~はりまや橋から桂浜まで~

 

こんにちは。

 

少し前の話になってしまいますが、5月15日(水)から18日(土)の3泊4日にかけて、高知旅行に行ってきました。

 

今回の旅行は自分にとって初めての高知どころか、初めての四国でした。また、今回はホテル等ではなくゲストハウスに泊まったのですが、それも初めてのことでした。

 

このように、初めてだらけの高知旅行だったので、楽しめるかどうか不安な部分も正直ありました。

 

しかし、結論から言えば、それは全くの思い過ごしでした。

 

高知、最高でした!景色もきれいだったし、ご飯もお酒も美味しかったです。それから、魅力的な方にたくさん出会えました!

 

その3泊4日の記録を、これから書いていきます。

 

目次

 

1 いざ高知!

2 はりまや橋はりまや橋商店街

3 初めての路面電車

4 頭の中で

5 桂浜

 

5月15日(水)

 

1 いざ高知!

 

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5月14日(火)21時15分。バスタ新宿から高速バス「ドリーム高知」1号に乗って高知を目指します。その出発からおよそ11時間、5月15日10時ちょうどに高知駅バスターミナルに到着しました。

 

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高知に着いた第一印象は「空が広い!」でした。「えっ、そんなこと?」ともしかしたら思われるかも知れませんが、駅の周辺にもあまり高い建物が無く、真っ青な空が目にまぶしかったです (*^▽^*) そして、この空の青さは、この後の高知旅行で何度も感じました。

 

また、到着時間についてなんですが、私は少しミスをしてしまいました。

 

さっきも書いたように高速バスが高知駅バスターミナルに着いたのが10時。しかし、ゲストハウスのチェックインの時刻は16時。

 

はじめ私は、「高知に着いたら、駅前に何かお店があるだろうから、そこで時間をつぶそう」とテキトウに考えていました。

 

しかし、実際に着いてみるとあるお店はどれも居酒屋さんばかり。(高知県は日本酒で全国的に有名ですよね)当然、この時間ではどのお店も開いていません。また、商店街がいくつかありましたが、やはりお店は開いていません。

 

「どうしよう・・・。」と少し考えましたが、とりあえずキャリーバッグを駅構内のコインロッカーに預け、駅前を歩いてみることにしました。

 

はりまや橋はりまや橋商店街

 

駅前から少し歩くと、はりまや橋に着きました。言ってみれば、私がこの旅行で最初に訪れた観光スポットです。

 

しかしこのはりまや橋、その名前と同時に「高知の残念観光スポット」と呼ばれていることも知っていました。

 

どんなものか実際に見てみると・・・。

 

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ち、小さい!!!( ゚Д゚)

 

毎年8月に行われるよさこい祭りの「よさこい節のなかでも

 

〽土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買うを見た よさこい よさこい

 

と謡われているくらいですから、なんとなく立派な橋を想像していたんですが・・・。

 

なんか、街のなかにぽつんと架かっている感じでした・・・( ̄▽ ̄;)

 

それでも「渡ることに意義があるんだ」と自分に言い聞かせ、実際に橋の上を渡りました。

 

ちなみに、そのことを後でゲストハウスのスタッフさんに話したら、一言

 

「えらい」

 

と言ってもらえました。

 

また、はりまや橋のすぐ近くにははりまや橋商店街があります。

 

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この写真だと少し伝わりづらいかも知れませんが、木造のアーケードが特徴的です。どこまでも続くアーケードは、実際に見てみると圧巻です。

 

実はこのアーケード、全て高知県産の木を使って作られています。このような木造のアーケードを持つ商店街は全国的にも珍しいそうです。

 

また、よさこい祭りのときは、競演場のひとつにもなります (*^_^*)

 

ちなみに、駅前を歩いていたときにこんな看板を見つけました。

 

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「酒は男の子守唄」・・・。高知を一人旅する男である自分にとって、肝に銘じようと思った言葉でした。

 

3 初めての路面電車

 

駅前から歩き続けて少し疲れたので、近くにお風呂が入れるところはないか、駅のすぐ近くの観光案内所「とさてらす」に行って訊いてみることにしました。

 

www.attaka.or.jp

 

それまで歩いた道を律義に(?)また歩いて引き返し、「とさてらす」に向かいます。

 

「とさてらす」のスタッフさんが教えてくれたのは「三翠園」という旅館。入浴だけでもOKということで、行ってみることにしました。

 

三翠園に行くのに一番楽な手段は路面電車に乗ることです。始発の「高知駅前」の停留所から「はりまや橋」まで乗り、そこから「伊野」方面に乗り換えて、途中の「県庁前」で降ります。

 

なんだかこう書くと複雑そうに聞こえるかも知れませんが、実際は高知市内の小さな区間での乗り換えなので、迷ったりすることはないと思います。

 

せっかく路面電車の話が出たので、三翠園の話の前に路面電車の話をもう少し続けます。

 

実は、今回の旅行で生まれて初めて路面電車に乗りました!

 

もちろん、前々からどんなものかは知っていましたが、実際にそれが街中を走っているのを見たり、自分で乗ったりするとやはりワクワクしました (*^▽^*)

 

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自分が普段乗っている電車や地下鉄と違って、路面電車は街中をゆっくりと走っている感じがしました。また、3分から5分に1本来るので、例えば停留所で電車を待っているときに少し気になるお店を見つけたら、電車を1本送らせてそのお店に少し寄ってみるなんてことも可能です。

 

そうした路面電車の全体的に「ゆったりとした」感じが、「自分は高知に来ている、旅行に来ている」という思いを引き立たせてくれます。

 

また、高知の旅行で路面電車、もしくは観光バス「MY遊バス」を使うなら、1日乗車券が便利です。

 

1日乗車券はさっき書いた「とさてらす」等、様々な場所で販売しています。値段等は細かく設定されているので、詳しくは下のホームページを見てもらいたいです m(_ _)m

 

www.attaka.or.jp

 

この乗車券を買うと、路面電車とMY遊バスが1日乗り放題になります。なので、少しでも高知の色々な場所に行ってみたいと思っている方は、ぜひ買っておくべきだと思います。

 

ちなみに、今回の旅行で撮った路面電車の写真は上の1枚だけです。なんか撮るの難しくて・・・。しかも、その1枚すら斜めに写っているし・・・。「もっとちゃんと撮れよ!」と自分に言いたいです(苦笑)

 

写真のことはともかく、そんな路面電車にゆったり揺られていると、じきに「県庁前」に到着しました。そして「県庁前」を降りて少し歩いていると三翠園が見えました。

 

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sansuien.co.jp

 

三翠園は広々とした立派な旅館でした。また、受付のエントランスでは冷房が効いていて、入った途端に思わず「涼しい~」と声に出そうになりました(笑)

 

お風呂も気持ち良かったです。平日の昼間とあまり人がいない時間だったのか、大浴場、露天風呂、サウナとほとんど貸切で楽しめました (*^▽^*)

 

ちなみに、さっき書いた1日乗車券ですが、これは単に乗り放題になるだけではなく、協賛している旅館や博物館といった様々な施設で割引の特典があります。この三翠園でも入浴料が900円から700円に割引になりました。

 

さっぱりしたところで三翠園を出ます。このときの時間は、多分10時半か11時くらいだったと思います。相変わらず、ゲストハウスのチェックインまでには時間があります・・・。

 

そこで、私は桂浜に行こうと思い立ちました。今回の旅行で絶対に行こうと思っていた場所なのでテンションが上がります。

 

・頭の中で

 

「県庁前」から桂浜までは、まず路面電車で「はりまや橋」を目指します。そしてやはり「はりまや橋」まで乗り、そこから「桟橋通五丁目」方面に乗り換えて、終点の「桟橋通五丁目」で降ります。

そして、ここからはMY遊バスに乗り換えて、桂浜まで一気に向かいます。

 

しかし、私が実際に「桟橋通五丁目」の停留所を降りたとき、次のバスが来るまで1時間近くありました・・・。ゲストハウスのことと言い、自分の時間管理の下手さを思い知らされます・・・。

 

仕方がないので、やはり停留所の周りをぶらぶらします。

 

途中、高知県立自由民権博物館」という施設がありましたが、頭の出来が良くない私には展示を見てもピンとこないだろうなと思いスルーしました。

 

周りには博物館以外、何もありませんでした。近くには高校と何かの工場が見えるだけです。そして、高知駅バスターミナルを降りたときと同じ青い空が広がっていました。

 

左手側に続く白い壁に沿って、私はどこまでも歩いていきました。

 

そのとき、私は不意にある感覚を覚えました。

 

こんなに「意味が無い」ということを体験したのは、いつ以来だろう―。

 

小さい頃は、近くの道を何の意味も無くどこまでも歩いていけました。その記憶は、楽しいとか懐かしいとかを通り越して、頭の中で一つの風景として覚えています。

 

しかし、歳を重ねるにつれ、勉強やアルバイト、仕事、あるいは人間関係の色々といったことに忙しくなり、いつしかそうした意味の無い時間は無くなってしまいました。

 

もちろん、勉強や仕事は大事です。しかし、それに気を取られ過ぎていたのではないかと思いました。

 

私が歩けば私は進むし、私が歩かなければ私は止まる。

 

こうして文字に書くことも恥ずかしいくらい当たり前のことですが、そのことがたまらなく貴重に感じました。

 

なんだか、さっき書いたような頭の中の風景にもう一度会えたような気がしました。

 

5 桂浜

 

そんなことを考えていると、じきにバスが到着しました。強い陽射しがガラスから差し込むなか、桂浜へと向かいます。

 

大体1時間くらいで桂浜に到着しました。

 

桂浜のバスターミナルの周りはお土産屋や食堂が建ち並び、ローカルな雰囲気がいっぱいでした。また、書くのが遅くなりましたが、桂浜はあの大きな坂本龍馬像があるところです。そのため、どのお土産屋も龍馬グッズがところ狭しと置かれていました。

 

このときの時間は、多分14時くらいだったと思います。さすがにお腹が空いて来たので、その食堂でカツオのたたき定食を食べました。高知での初めてのカツオです。当然ながらメチャメチャ美味しかったです (*^▽^*)

 

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ちなみに、ご飯に混ぜてあるのはあおさの佃煮です。これも美味しかった。

 

昼ご飯を食べ終え、いよいよ桂浜を目指します。

 

桂浜は、そうしたお土産屋や食堂を過ぎると見える石段を登った先に広がっていました。

 

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桂浜は波が荒く、遊泳禁止になっています。そのため、浜に沿って作られた遊歩道越しにその波を眺める人が多かったです。

 

遊歩道は浜から一段高い位置に作られています。なので自分はそこに腰掛けて、サンダルを脱いで素足を潮風に預けました。

 

白い荒波が沖からこちらに迫ってくる様子は、動物が突進してくるようでした。しかし、それほど荒い波も岩にぶつかった途端、跡形もなく崩れていきます。すると沖からまた新しく波が生まれ、同じように岩にぶつかって消えていきます。

 

波は、それを何度も繰り返していました。

 

この波をずっと見ながら色んなことを考えたのですが、どれも上手に言葉に出来ません。或いは、何も考えていなかったのかも知れません。

 

また、この波を見ていたときの気持ちは、さっき書いたバスを待っていたときの気持ちとも違うものでした。

 

ただ一つ言えるのは、この桂浜の波は自分がいままで見てきたなかで一番美しい海だったということです。

 

自分は、何十分も遊歩道に腰掛けて、桂浜を見ていました。

 

とりあえず、今回はここまでにします。(文字数も多くなっちゃったし、笑)次回は、1日目の夕方にゲストハウスに着いてからのことを書こうと思います。

 

診察記録 2019年6月

こんばんは。

今日は、埼玉医科大学病院まで診察に行ってきました。

 

というか、前回の診察記録の最後に「次回の診察は5月23日(木)の予定です。」と書いておきながら、結局その日の診察記録は書けずじまいで今日になってしまいました・・・。

 

前回の診察記録→(https://ryjkmr1.hatenablog.com/entry/2019/05/04/205344

 

というわけで、はじめに5月23日の診察について少し書いておこうと思います。

 

この日の診察のときは、体調面や精神面でも特に困ったことはなく、落ち着いていました。5月4日の診察のときに処方せんを1種類減らしてもらったのですが、それも引き続いていくことになりました。

 

そして、その診察から約1ヶ月後の今日の診察で先生に話したことなのですが・・・。最近、ちょっと仕事が大変になってきています。

 

これは以前の仕事でもあったことなのですが、職場の同僚の何気ない一言を、重く考えすぎてしまう傾向が私にはあります。

 

いまの警備員の仕事を始めて約3ヶ月が過ぎましたが、時々そうした言葉を言われて気分が落ち込むことがあります。

 

具体的には、私は雨の日の出勤は家族に職場まで車で送って行ってもらい、また退勤のときは迎えに来てもらっているのですが、先日ある話の流れからそのことを話すと、「過保護だねぇ」と言われました。

 

多分相手にとっては私をそこまで責めるつもりはなかったのでしょうが、言われた身としてはやはり不愉快になりました。「仕事をしっかりやっているのに、何故それ以外のことで文句を言われなきゃいけないんだ」と思いました。

 

また、私と一緒に働いている警備員は上の世代の人ばかりです。そして、そのなかにはデリカシーに欠けている人もいます。

 

「過保護」発言もそうですが、私の家族のことを詮索したり、何回も同じ話を繰り返されたり・・・・。「仕事だけの関係」と割り切っていても、やはり時々つらくなります。

 

また、おじさん、と一括りに言ってしまうのは良くないのでしょうが、そういうことが度々あると、どうしてもそうした世代の人への嫌悪感も生まれてしまいます。

 

・・・なんだか愚痴のようになってしまいましたが、いま私が仕事で大変なのはこうしたことです。

 

そのことを先生に話すと「いま木村さんが仰った『何気ない一言を、重く考えすぎてしまう』という認識はとても大事。それは、自分の認知の歪みを客観的に捉えられているということだから」と仰いました。

 

要は、「気の持ちよう」なのかも知れませんが、相手から自分が不愉快になることを言われても、「悪気はないんだ」と捉えられるかどうかが重要だと思いました。

 

薬を服みながら、そうしたこととも上手に対応していきたいです。

 

ただ、そうした精神的な不調は時々ありますが、それが体調まで影響していないのは嬉しいです。

 

また、梅雨になり、低気圧から体調が崩れがちな日もありますが、それもどうにか乗り越えていきたいです。

 

というわけで、最後に現在の薬の状況です。



抗不安剤 ロラゼパム錠「サワイ」 0.5mg 1日4回
睡眠導入剤 ブロチゾラム錠「サワイ」 0.25mg 1日2回(就寝前)
抗不安剤 レキソタン錠5 5mg 不安時

 

レキソタンの処方は先月から止めていたのですが、そうした仕事の大変さから、また処方してもらうことにしました。

 

次回の診察は7月17日(木)の予定です。

 

追伸 4月に認定された障害者年金ですが、今月の14日に初めて支給されました!(*^▽^*)


分かっていたことでしたが、実際に支給されるとやはり嬉しかったです。障害者年金はなるべく使わずに貯めようと考えています。

 

朱夏句会に行ってきました!


こんばんは。

 

4月28日(日)、第1回「朱夏句会」に参加させていただきました。場所は東京の新宿家庭クラブ会館。

 

朱夏句会とは、なつはづきさんが代表を務められる句会です。なつさんには日頃からとてもお世話になっています。

 

朱夏句会が開催されるまでの簡単な経緯を話します。

 

それまでなつさんとは、私が所属している結社「海原」の東京都区句会でご一緒させていただいてました。

 

しかし、昨年になつさんは第36回現代俳句新人賞を受賞。そのこと自体は勿論嬉しいのですが、それによって俳句総合誌へ作品を寄稿することが増えたり、ご自身のお仕事も忙しかったりと、東京都区句会への参加が難しくなっていきました。

 

第36回現代俳句新人賞受賞作 なつはづき「からだ」→

https://www.gendaihaiku.gr.jp/prize/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E6%96%B0%E4%BA%BA%E8%B3%9E/%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%AC%AC36%E5%9B%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85/%E3%81%AA%E3%81%A4%E3%81%AF%E3%81%A5%E3%81%8D

 

そこで、「自分が参加出来る句会が無いのなら、自分で句会を作ってしまおう」となつさんが思い立って生まれたのが、この朱夏句会でした。なので、なつさんとお会いするのも久しぶりでした。

 

当日には、私やなつさんを含め全部で15人が参加。「海原」以外にも「蛮」「歯車」「小熊座」といった結社から参加されていた方がいらっしゃいました。

 

私が当日に出した句は、以下の4句です。

 

本当は知っていましたふきのとう
アネモネの姉のあたりに水を撒く
少しずつ慣れるあだ名やライラック
ピラミッド好きな子供や三鬼の忌

 

このうち、「アネモネの」の句には4点、「少しずつ」の句には3点が入り、あとの2句は無得点でした。

 

アネモネの」の句は、結論から先に言ってしまえば

 

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ (坪内稔典


姉にあねもね一行一句の毛は成りぬ (攝津幸彦

 

という2つの句を元にした完全に言葉遊びの句なのですが、合評では以下のように、自分でも予想外に様々な句の解釈が出てきました。

 

「姉のあたり、という表現が面白い。」

 

アネモネの、から、姉のあたり、というふうに範囲が狭くなっている書き方をされているのだから、水を撒く、ではなく水をやる、と表現したほうが良いのではないか。水を撒く、だと広い範囲に水を撒いている印象を持つ。」

 

こうした合評を聞きながら、こんな言葉遊びだけの句に真剣に向き合っていただいて嬉しいような、申し訳ないような気持ちになりました(笑)

 

また、句会終了後、なつさんから句集朱夏をいただきました。

 

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朱夏』には、第36回現代俳句新人賞受賞作の他にも、俳句総合誌や新聞に寄稿された作品がまとめられています。

 

この句集の感想については、また後でブログに書きたいと思います。

 

句会の全体的な感想としては、やはり様々な結社から参加者がいらっしゃっていたので、「海原」の句会ではなかなか聞けないような句評を聞けたことが刺激的でした。

 

朱夏句会はこれからも定期的に開催していくらしいので、なるべく沢山参加させていただこうと思います。

 

改めて、代表のなつはづきさんにお礼を言いたいです。

 

ありがとうございました!(*^▽^*)

 

診察記録 2019年5月 障害者年金が認定されました!!

こんばんは。

 

今回は、5月の診察について書く前に、まず皆さんにお伝えしたいことがあります。

 

4月18日付で障害者年金3級が認定されました!!

 

年が明けてからすぐ大宮年金事務所まで申請書類一式を受け取り、2月20日にそうした書類に必要事項をすべて記入して提出しました。

 

障害者年金は申請する段階で、「書き直しを求められる人が何人もいる」「そのため、申請から認定されるまで3、4ヶ月かかる人もいる」と聞かされてきました。

 

さらに、こうしたことと含めて、これまでブログで何回も書いているように、申請したからといって必ず認定されるものではありません。

 

正直、提出してからの日々は、認定に対して期待より不安のほうが大きかったです。

 

なので、書き直しを求められることもなく認定されたことを受け、そうした不安からようやく解放された思いです。

 

最初の支給日がいつなのか、日本年金機構から届いた書類では分かりにくいところもあったので、ゴールデンウイークが終わったら役所に訊きに行こうと思っています。

 

とにかくいまは、家族や友人、病院の先生といった支えていただいた方に感謝したいです!!

 

そして、認定されたことを伝えようとも思い、5月1日(水)に埼玉医科大学病院へ診察に行ってきました。

 

診察室に入ってすぐ、私が認定されたことを示す証書を先生に見せると、先生は「良かったね。ずっと気になっていたことだもんね」と喜んでくださいました。嬉しかったです。

 

次に診察で話したのは、最近の身体の不調について。

 

警備員のアルバイトを始めてから約2ヶ月が過ぎましたが、仕事から来る気分の落ち込みはいまのところ余りありません。ただ、その代わりというか、最近少しだるかったり、夜なかなか眠れなかったりすることが増えています。

 

恐らく、これは最近の気温の差が激しいことが原因でしょう。神経症と診断されてから、気温の変化や気圧の変化に体調が影響を受けやすくなっているので。

 

少ししんどいですが、抗不安剤睡眠導入剤を服めば治まるものなので、いまのそうした気温が不安定な季節や、これからの夏の暑さも乗り越えていこうと思います。

 

また、薬と言えばいままで頓服薬として処方してもらっていたレキソタン錠5」 (5mg)が、今回の処方せんから無くなりました!!

 

前回(4月3日)の診察でも「レキソタン」の減薬の話は出たのですが、結論として「次回の診察までにまったく服まなかったら減薬しましょう」ということになっていました。

 

それが実際に約1ヶ月間薬を服まず、こうして減薬につなげることが出来たのはとても嬉しいです。

 

神経症の治療に焦りは禁物ですが、これからも自分が出来ることをやって、少しずつ減薬につなげていけたら良いと思っています。

 

というわけで、最後に現在の薬の状況です。

 

抗不安剤 ロラゼパム錠「サワイ」 0.5mg 1日4回
睡眠導入剤 ブロチゾラム錠「サワイ」 0.25mg 1日2回(就寝前)

 

次回の診察は5月23日(木)の予定です。

 

 

診察記録 2019年3月・4月 ~その他、近況報告~


こんばんは。っていうか、お久しぶりです。

 

なるべくブログは頻繫に更新しようと思っているのですが、前回の更新から1ヶ月以上も過ぎてしまいました m(_ _)m

 

今回は3月・4月の診察記録を中心に近況を書いていきたいと思います。

 

・3月6日(水) 埼玉医科大学病院へ診察

 

診察のことを書く前に、前の仕事を辞めたあとの様子について書こうと思います。

 

2月28日付けで、前の仕事を辞めました。また、その少し前の2月20日に大宮年金事務所で障害者年金の申請をしました。

 

それらのことは下の記事に詳しく書いてあるので、よければお読みください m(_ _)m

https://ryjkmr1.hatenablog.com/entry/2019/02/21/164111

 

この記事の終わりのほうで、「新しくアルバイトを探すか、このまましばらくアルバイトを休むか」ということをいま迷っている、と私は書きました。

 

でも、結果的にまた新しい仕事を探すことにしました。

 

そして、2月下旬に警備員として採用されました。

 

実は、過去にも警備員のアルバイトの面接を受けたのですが、精神疾患を理由に断られてしまったことがあります。

そのこともあり採用してもらえるか不安だったのですが、今回の面接の担当者は私が精神疾患を抱えているというだけで断りはせず、丁寧に話を聞いてくれました。

 

というわけでいまは、隣の市にある物流倉庫で警備員として働いています。

 

3月6日の診察日は、昨日まで3日間あった本社での研修が終わり、翌日から実際に物流倉庫で働き始めるというちょうど間の日でした。

 

そのため、正直に言えば、自分の病気のことより仕事で覚えなくちゃいけないことで頭がいっぱいでした(笑)

でも、こうした状況は、いままでの何をしていても気分の落ち込みや体調不良になることが多かった状況と比べると、そうした心身の不調があまり現れず仕事について意識が集中出来ているということですから、良い状況と言えます。

 

そのため、診察でも「心身の体調不良はあまりありません。それよりも仕事で覚えることが多くて頭がいっぱいです」と正直に先生に言いました。

先生は少し驚いたようですが、私の新しい仕事が決まったことを喜んでくださいました。嬉しかったです。

 

・4月3日(水) 埼玉医科大学病院へ診察

 

物流倉庫で働き始めてから約1ヶ月後のこの日、診察に行ってきました。

 

先に「本社での研修」と書きましたが、さらに言えばその後物流倉庫で働き始めてからも、約1ヶ月は研修期間として先輩の警備員の方と常に行動を共にしながら仕事(入り口・出口の警備、倉庫の巡回等)を覚えていきました。

 

つまり、4月の診察はその約1ヶ月の研修期間がもうすぐ終わるときにありました。

 

約1ヶ月の研修期間が終わろうとしたとき、私のなかには「なんとか続けられそうかな」という思いがありました。

 

そして、診察では「心身の体調不良は、前回の診察からもあまりありません。警備員の仕事ですが、続けられそうです」とやはり正直に言いました。このときも先生からは喜んでいただきました。

 

・現在の状況

 

というわけで現在は、1ヶ月の研修期間が終わり、「一人立ち」をし始めたという状況です。

 

私が働く物流倉庫では、基本的に警備員の仕事は時間ごとにルーティンで回っています。そのため、先に書いた入り口・出口の警備、倉庫の巡回等は一人で行います。

 

最初の頃はその時間に一人しかいないことへの不安がありましたが、いまは仕事さえしっかりしていれば周りからは何も言われないという気楽さのようなものに変わりつつあります。

また、先輩の警備員の皆さんが「一人立ちしたあとも、分からないことは質問してね」と言ってくれることも安心感につながっています。

 

正直、大変なこともあります。また神経症への不安も無くなったわけではありません。それでも、出来るだけ(少なくとも、障害者年金の申請結果がわかるまでは)仕事を続けたいと思います。

 

最後に、現在の薬の状況です。

抗不安剤 ロラゼパム錠「サワイ」 0.5mg 1日4回
睡眠導入剤 ブロチゾラム錠「サワイ」 0.25mg 1日2回(就寝前)
抗不安剤 レキソタン錠5 5mg 不安時

 

ちなみに、4月の診察でレキソタンの処方を失くせないか」という話をしたので、いまはそれに向けても頑張っています。

 

次回の診察は5月1日(水)です。

 

岡上淑子の作品についての3つの印象


1

 

3月14日(水)に、東京都庭園美術館で開催されている展覧会岡上淑子 沈黙の奇蹟」に行ってきた。

 

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展覧会の公式サイト→(https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190126-0407_okanoue.html

 

岡上淑子はコラージュ作家である。彼女の名前を私が初めて知ったのは、昨年に彼女の出身地である高知県で開催された個展についてインターネットで観たときだった。
岡上のコラージュ作品について、私がまず印象的だったのは、その発想の自由さであった。
例えば、今回観た展覧会の公式ガイドブックの表紙にもなっている「夜間訪問」という作品でも、その自由さはお分かりいただけると思う。

 

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頭部が扇になっているドレス姿の女性が中心に置かれている。女性の背景はヨーロッパ風の大きな城を臨む街並みのシルエットであり、女性は宙に浮かんでいるように見える。そして、その女性を取り囲むように蝙蝠傘が何本も開いている・・・。
写真とは、端的に言えば現実を前面に押し出した表現である。現実には意味が付随する。
しかし、岡上はそれらの写真をバラバラにして意味を解き放つ。そして、意味ではないものによってもう一度それらの写真の断片をつなぎ合わせて、非現実を、幻想を前面に押し出した表現に変える。
扇も、ヨーロッパの街並みも、蝙蝠傘も、そしてなにより中心に置かれたドレスの女性も、岡上の作品のなかでは機能や目的といった意味を持たない。これらは、みな美しいかたちそのものとして作品に置かれている。
このような岡上の作品の、元の写真の存在を忘れさせるような発想の自由さは、私にとってまず印象的であった。

 

2

 

次に私が印象的だったのは、作品に使用されている元の写真にモノクロのものが多いことだ。これは、彼女の生まれ育った時代と関係している。
岡上は1928年に高知県で生まれている。その後、1950年に文化学院デザイン科に入学したことを端緒に、コラージュ作品を作るようになる。そのため、彼女の作品の元の写真は、1950年代の『LIFE』や『VOGUE』等、海外の雑誌に掲載されていたモノクロのものが多いのだ。
しかし、私はこうしたモノクロの写真の多さを、単なる時代背景のみで結論付けたくはない。さらに言えば、岡上はモノクロの写真を使って作品をつくることで、作品にある大きな要素を与えていたと思う。
その要素とは、世界観の統一である。これは、先に書いた「発想の自由さ」と矛盾しているように聞こえるかも知れない。しかし、決してそうではない。
岡上は元の写真の断片の多様性から、さらに多様性のある作品をつくっていき、それが自由な世界観へとつながっていった。
しかし、その自由さは即ち楽しさ、やわらかさとして通じるものではない。寧ろ、彼女の作品の世界観はそれぞれの写真の断片の意味から解き放たれた自由さが、一つの作品のなかでガツンガツンとぶつかり合っているようである。
それは、自由というより混沌に近いかも知れない。例えば、岡上の作品がカラーだったらどうだろうと考える。先に取り上げた「夜間訪問」の扇やドレス、蝙蝠傘に色がついていとしたら。
恐らく、作品のなかの色は鑑賞者にとって非常に乱雑に映り、岡上の思い描く世界観を共有する、或いは鑑賞者のなかで広げていくことは難しいだろう。まさに鑑賞者は自由より混沌を感じてしまう。
つまりそうしたことを防ぐために、先に書いたような、意味から取り除かれた写真の断片の自由さを守るために、岡上はモノクロという世界観の統一を行ったのである。
このような世界観の統一により、岡上の作品には自由と緊張との非常に微妙なバランスが生まれている。彼女の美意識の高さを強く感じる。

 

3

 

岡上の作品について私が最後に印象的だったのは、女性が大きなモティーフとなっているものが多いことだ。例えば「夜間訪問」も、ドレス姿の女性が中心に大きく置かれている。
また、岡上の作品に於ける女性の多くからは、堂々とした印象を受ける。そしてそれは、単純に正義につながるものではなく、寧ろ人間の黒い部分が幻想的な美しさを伴って表現されていると思う。例えば「懺悔室の展望」という作品では、砂漠に髑髏が群がり、その砂漠のさらに遠くにはイエス・キリストらしき人物が立っている光景を、カーテンの付いた窓から笑って眺める二人の女性が描かれている。また、「とらわれ人」という作品では、ベルリンの壁を思わせる長い壁でうなだれている人々の列を前に、全裸の、そして頭部が鎖になっている女性が踊っているように立っている。この作品の女性は堂々としているというよりはエロティックであるというべきだろう。
そして、このような岡上の作品に於ける女性について考える上では、彼女自身の境涯についても触れざるを得ない。
先に書いたように、岡上は1928年に高知県で生まれている。その後、1950年からコラージュ作品を作るようになる。
しかし、1957年に画家・藤野一友と結婚して以降、現在までコラージュの製作から離れている。(因みに藤野とは1967年に離婚。岡上は母と息子とともに東京都から高知県に転居し、現在もそこに住む)
つまり、今回の個展に出品された約150点の作品は、全て岡上が22歳から29歳までの約7年間につくられたものである。
また、今回のような大規模な個展が開催されるようになった端緒は2000年の岡上淑子 フォト・コラージュ —夢のしずく—」(東京・第一生命南ギャラリー)だが、それは1956年以来44年ぶりに開催された個展であった。
こうした事実をもとに、岡上がコラージュの製作を止めた理由を推測したり、所謂「忘れられた作家」であったことを嘆いたりすることは出来るだろう。また、そのことが岡上の作家としての評価につながる部分もあるだろう。
しかし、敢えて言えばそうした岡上の境涯、言い換えるなら「物語性」のようなものを前提として彼女の作品に触れることを私は好まない。
確かに、岡上にとってコラージュの製作は何か救いになるものであったろう。また、その製作を止めた苦しさもあったろう。しかし、これまで述べてきたような岡上の幻想的な作品を前にすると、彼女がそうした個人的なことに重きを置いて製作していたとは私はどうしても思えないのだ。

 

4


「小説のなかにある言葉は、辞書のなかにある言葉よりも美しくなければならない」といった言葉を聞いたことがある。芥川龍之介の言葉だったろうか。岡上のコラージュ作品を観たとき、またその後に彼女の境涯を知ったとき、私はこの言葉を思い出した。
つまり、岡上のコラージュ作品のなかの写真は、雑誌の写真より美しくなければならないと思う。芥川の言葉の「辞書」に象徴されているのは、やはり機能や目的や意味といったものであり、それらは雑誌の写真にも存在する要素だと思う。そうした機能や目的や意味は社会を円滑に進める反面、個人にしがらみを強いてしまうものでもある。岡上は、そうしたしがらみに対して、コラージュの製作という非常に優雅な方法で復讐を試みたのではないだろうか。
岡上の作品での堂々とした、エロティックな、人間の黒い部分を見せる女性たちは、岡上個人の救済と希望のみを表現しているのではない。寧ろ個人を超えて、或いは一過性のイデオロギーを超えて女性というものの本来的な救済と希望を表現していると思う。それは、とても大きな表現である。だからこそ、岡上の作品は長きにわたってその鮮烈な美しさを保っているのだ。
最後に、公式ガイドブックに掲載されている岡上の言葉を引いて筆を擱く。

 

日常の生活を平凡に掃き返す私の指から、ふと生まれましたコラージュ。コラージュ—他人の作品の拝借。鋏と少しばかりの糊。芸術・・・・・・芸術と申せば何んと軽やかな、そして何んと厚かましい純粋さでしょう。ただ私はコラージュが其の冷静な解放の影に、幾分の嘲笑を込めた歌としてではなく、その偶然の拘束のうえに、意志の象を拓くことを願うのです。