あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

尾形亀之助詩集『美しい街』を読んで


こんにちは

 

5月の終わりから始まった療養生活も、もう少しで1週間になります。

 

夜中は、眠りに就くまで時間が掛かったり、強い不安感を感じたりと調子が悪いときもありますが日中はおおむね調子が良く過ごせています。

 

いま、1階の南向きの部屋で、布団にうつぶせになりながらパソコンを開いてこの文章を書いています。

 

ちょうど目の前の障子は半分ほど開いていて、となりの塀からこぼれた青葉が風に揺れているのが見えます。

 

それから、雀だと思える鳥の鳴き声も聞こえます。

 

時々、蛙の鳴き声も聞こえます。

 

こうして布団にうつぶせになりながら、感じたままに文章を走らせていると、ふと、尾形亀之助と自分の姿とを重ねてしまいます。

 

尾形亀之助(1900~1942)は、1920年代から1940年代に掛けて活動した詩人です。宮城県でも屈指の大金持ちの家に生まれ、その生涯のほとんどを実家からの仕送りで生活しました。1923年、はじめ画家を志して上京しますが、後に絵ではなく詩を発表するようになりました。

 

しかし、やがて実家は没落。亀之助は30歳を過ぎて宮城に戻り、父親の紹介で初めて仕事に就くことになります。仙台市役所の職員でした。ただ、この仕事もあまり長続きしなかったようです。そして、1942年12月1日、ついに亀之助は道端で倒れているのを通行人に発見されます。急いで尾形家の持家の空家に運ばれますが、翌2日に亡くなりました。死因は全身衰弱。ひらたく言えば餓死です。42歳でした。

 

私が尾形亀之助のことを知ったのは、『美しい街』(2017年 夏葉社)という亀之助の詩集を買ったからです。

 

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この本には表題作を含む55編の詩が収録されています。また、巻末には亀之助を「一番好きな詩人」と言う能町みね子による書き下ろしのエッセイも収録されています。

 

私がその詩を読んでまず感じたのは、エッセイで能町みね子も書いているように「ちょっと異様なほどの飾り気のなさ、空虚さ」でした。特に印象的だった詩を引いてみます。

 

「十二月」

 

紅を染めた夕焼け

 

風と

 

ガラスのよごれ

 

「雨」

 

四日も雨だ―


それでも松の葉はとんがり

 

このような、全体的にとても短く、日常の風景を切り取っただけのような詩を亀之助は多く書いています。

 

また、能町みね子は彼の詩を「現実のどこかを恣意的に切り取った写真をベースにしているかのようである。景色の構成をしっかりと決めたものではなく、ファインダーものぞかずにやみくもにシャッターを押してみたかのような」と、エッセイのなかで評していますが、この例えにも非常に納得します。
さらに言えば、亀之助の詩からはずっと昔、幼いころの記憶が思い起こされます。名前も忘れてしまったけれど、確かに一時期母親とよく行っていた店や、いつか見た大きな夕焼けの記憶が、「懐かしい」と感じる余裕も無いほど極めて淡い状態で、言葉として書き留められている印象を受けます。

 

私は、この詩集を初めて読んだとき、先に書いたような彼の経歴は全く知りませんでした。その詩に惹かれて、彼そのものについて調べるようになりました。
そして、彼の詩は、良くも悪くも彼の生き方をそっくり反映させたものだったということを知りました。


彼の詩に多く見られる「ちょっと異様なほどの飾り気のなさ、空虚さ」は、「無気力さ」とも言い換えられます。目の前を流れる日常を淡々と切り取っていったような詩を読むとそう感じます。
それは、生涯のほとんどを実家からの仕送りで生活していた、言わば受け身の人生であったこととも関係しているかも知れません。実家が没落した後に仕事に就いたものの、長続きしなかったのは、いままでの受け身の人生から、逆境を跳ね返すような抵抗力が無くなってしまっていたからだと思います。

 

風の吹くまま、気の向くまま―という言葉がありますが、まさに亀之助はそのように生きた人だったと思います。描きたいときに絵を描き、書きたいときに詩を書く。しかし、やがて実家の没落を受け、働きはじめたものの長続きしない。そうした日々のなかで、亀之助は街を行く風に、その命ごと投げ出してしまったのでしょう。餓死という言葉からは壮絶な印象を受けますし、亀之助もその死の際に於いては苦しんだと思います。しかし、私はどうしても彼の詩に受ける印象から、まるで砂のように溶け、風のように消えた姿を思い浮かべてしまうのです。

 

思えば、風も具体的な時代や場所を超えて、ただただ吹いています。しかし、例えばその風の揺らした青葉は、ときに誰かの淡い記憶を思い出させます。

 

亀之助の詩も、そんな風のようにただただ言葉をつなぎながら、読者の淡い記憶を思い出させます。

 

最後に、詩集のなかで私のいちばん好きな詩を引いて、この文章を終わりにします。

 

「春のある日」

 

久久で
妻を病院に見舞った
妻は笑っていた
先よりもすこしふとってきれいになっていた
私はうれしく思った
自分の来たことを妻はよろこんでいるのだ

 

 

病室は
薬くさくも
病人臭さくもなく
あけた窓からさしこんでいる陽が
室も人も
みな消毒してしまったように
さっぱりとおちついていた