あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

反省しなくてはいけないことと、嬉しかったこと


こんにちは

 

今日は、反省しなくてはいけないことと、嬉しかったことについて書きます。

 

まず、反省しなくてはいけないこととというのは、前回の診察で先生から「1ヶ月くらいは療養したほうが良い」と仰られたのに、仕事を探し始めてしまったこと。

 

前回の診察の記事→(https://ryjkmr1.hatenablog.com/entry/2018/05/31/155506

 

こうしたことは以前にもありました。去年の5月末、初めて神経症の診断を受けたときも当時の先生から「療養したほうが良い」と仰られたのに、スーパーでのアルバイトを始めてしまったのです。当然、長く続くはずもなく1週間くらいで辞めてしまいました。

 

そのときも今回もそうですが、私が先生の忠告に従わず仕事を探し始めてしまうのは焦燥感が主な原因です。

 

「仕事をしては療養をしての繰り返しで良いんだろうか・・・」

 

「このままずっと仕事に復帰出来なかったらどうしよう・・・」

 

そうした思いが頭から離れなくなり、自分の体調が悪いのは分かっていても、履歴書を書いたり、面接に行ったりしてしまいます。こうした焦燥感と、それが原因の行動は、既に症状のひとつだと考えています。

 

今回も3~4社ほどの面接を受け、今月の上旬にお菓子工場に採用されました。

 

しかし(自分で蒔いた種とは言え)、それからの精神的な不調は相当なものでした。もちろん「ちゃんと仕事が出来るのか」という不安もありましたし、「先生の忠告に従わず仕事を決めてしまった」という後ろめたさもありました。一方で、「この仕事を断ったら、また長い間仕事が決まらないのではないか」という別の不安もありました。


それは、体調の不調にもつながりました。このブログで何度か「なかなか眠れない」といったことを書いていますが、特に最近は睡眠導入剤を服んでも全然眠くならず、深夜の3時か4時まで眠くなるのを待つ日々が続いていました。そして、その間に頭をぐるぐると渦巻くのは先に書いたような不安や後ろめたさ・・・。率直に言って、いままで感じたことの無い絶望感を味わいました。夜が来る度に、地の底、海の底へ体が沈められているかのような重苦しさを感じました。夜が来ること自体が憂鬱になっていました。

 

また、一度母親にも「採用を取り消そうか考えている」と相談しましたが、

 

「自分で一度アルバイトをすると決めたのに、採用を取り消したいと言うのは、自己中心的だと思う。」

 

「仕事の不安は誰にでもある。リュウジはそれが他人より強いのだろうけど、それでもそういう思いと付き合っていかなくてはいけない。」

 

・・・といった感じで、こちら側からすれば全否定されたような印象を受けました。
加えて、病院の先生の話や、神経症ではありませんが心の病を持つ友人から聞いた話をすると

 

「家族より病院の先生や、友達のほうが信頼できるんだ・・・。家族がどれだけリュウジのことを思っているか、少しは考えたほうが良いよ・・・」と感情的な話もされました。

 

元々母親からは神経症の話になると「もう薬を服まなくても良いんじゃない?」とか「面接のときに神経症の話はしなくても良いんじゃない?」と言われており、神経症に対して理解が少ないと感じていましたが、こうして相談した結果、そのことを改めて感じました。

 

そうしたようにずっと悩む日々が続いていましたが、入社日をつい数日後に控えた今日、やっと工場側に採用を取り消す電話をしました。

 

神経症による気分の落ち込みが激しいので、採用をご辞退させていただきたいです。」

 

しかし、私のこの言葉に対する工場側の反応は意外なものでした。

 

「もしよろしければ、入社日を変えることも出来ますが、いかがなさいますか?」

 

この言葉は嬉しかったと同時に、不安なものでもありました。何故なら私は、先生の忠告通り「約1ヶ月療養をしてから仕事が出来るようになりたい」と考えていたからです。約1ヶ月、つまり7月の上旬だとして、工場側にはそれまで約20日も待ってもらわなくてはなりません。「そんなに待ってもらいないだろう」というのが、正直な思いでした。

 

それでも、試しに言ってみることにしました。

 

「病院の先生からは、1ヶ月くらい療養したほうが良いと言われています。そうすると、7月上旬くらいの入社になってしまうのですが、それでもよろしいですか?」

 

すると、工場側からは

 

「良いですよ」

 

と即答されました。正直、あっけないくらいの返事でした。

 

さらに、工場側からは、

 

「もし神経症で気分的、体調的におつらいようでしたら、週3日からの勤務も可能ですが、いかがなさいますか?」

 

とまで言ってくれました。

 

結果として、7月上旬に入社する予定で、週3日勤務にするかどうかはまた改めて連絡するということをお互いに確認し、電話を切りました。

 

母親の神経症に対する理解の少なさに落ち込んでいた分、この提案は嬉しかったです。

 

そして、いままで面接を受けたどの会社より、私の神経症を親身になって考えてくれていると思いました。

 

体調的な急変もあるので、まだ7月上旬に入社出来るかハッキリと決まったわけではありません。しかし、療養が終わってから、どこで仕事をするのかいまの段階で決まっているということは、安心して療養が出来るということにも繋がります。

 

焦燥感から仕事を探し始めてしまったことの反省も踏まえて、とりあえず6月の残りの日々は療養しようと思います。思いっきり寝ます。

 

そういえば、前回の更新から1週間が過ぎてしまいましたが、先に書いたような精神と体調の不調から、とてもブログが更新出来るような状態ではありませんでした。

 

でも、そうした不調も軽くなるだろうと思うので、これからは療養中のことや、その工場勤務が出来そうかどうかということをまたかいていきたいと思います。

 

こんな私ですが、これからも見守ってくれるとありがたいです。

 

そう言えば、5月の上旬くらいからこのブログの読者が増え始め、今日の時点で56人の方が読者になっていただいています。

 

いままでタイミングを逃してなかなか言えませんでしたが、こんなに多くの方に読者になってもらえるとは思っていなかったので、驚いています。ありがとうございます。

 

そして、これからもよろしくお願いします。