あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

八上桐子川柳句集『hibi』を読んで

 

先月、大阪の「葉ね文庫」さんで知り合った、同じ埼玉県出身の方と、それからもう一度お会いする機会があった。

 

そのときのブログ記事はこちらから→(https://ryjkmr1.hatenablog.com/entry/2018/07/14/104813

 

自分のほうの最寄り駅までわざわざ来てくれた。駅の近くで食べた白桃のパフェが美味しかった。

 

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フォークもかわいい。

 

そして、その日貸していただいたのが八上桐子の句集『hibi』。

 

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句集といっても俳句の句集ではない。川柳の句集である。

 

川柳と聞くと、「サラリーマン川柳」や「シルバー川柳」のような、「日常の喜怒哀楽をダジャレも交えて17音にまとめたもの」というイメージを持つ人も多いかも知れない。

 

しかし、この『hibi』は、そうしたイメージの川柳とはまったく違う川柳が収録されている。

 

一読して感じたのは、透明性と官能性が合わさった世界だということ。

 

日常のなかにあるやさしい瞬間、やわらかい瞬間を書き留めていながらも、同時に自分の体の感覚を(自身が女性であることをつよく意識しながら)書きとめている。

 

句集は「すずめのまぶた」「ねじれたガラス」「水に溶ける夜」「ままごと」「器ごとあたためる」「その岬の、春の」という全6章から成っている。以下、それぞれの章から印象的な句を引いてみたい。

 

「すずめのまぶた」

降りてゆく水の匂いになってゆく

 

指先の鳥の止まっていたかたち

 

噴水に虹    赤ちゃんの名が決まる

 

立ち止まりたくなる九月のくるぶし

 

いちじくはつめたい夢をみつづける

 

そうか川もしずかな獣だったのか

 

「ねじれたガラス」

よごれてもよい手と足で旅に出る

 

ぺったんこの靴    尻っぽのない魚

 

声になる手前の笑い桑畑

 

体育座りで傷口嗅いでいる

 

はちみつを透かすと会える遠い猫

 

「水に溶ける夜」

雨音のてれこてれこになる電話

 

水を    夜をうすめる水をください

 

向こうも夜で雨なのかしらヴェポラップ

 

「ままごと」

 

歩いたことないリカちゃんのふくらはぎ

 

「器ごとあたためる」

またばきをするたびに舟が消えている

 

じょうみゃくどうみゃく海を通ります

 

秋に入るひとつも釦ない服で

 

一枚のカードは古い夜でした

 

からだしかなくて鯨の夜になる

 

「その岬の、春の」

くるうほど凪いで一枚のガラス

 

えんぴつを離す   舟がきましたね

 

俳句を書く立場として正直に言えば、短歌や川柳といった他の短詩型は、どのように読んで良いのか分からない部分がある。

 

しかし、この『hibi』は、そうした私の躊躇いを超えさせ、新鮮な読書体験を与えてくれた。

また個人的なことを言えば、口語体で俳句を書いている身として、口語体のレトリック、短詩型のレトリックの参考にもなった。(「遠い猫」、「鯨の夜になる」という表現はとても美しいと思った)

 

良い句集を貸してくれたことに、改めて感謝したい。