あたまのなかで

よろしくお願いします。神経症患者としてではなく、ひとりの人間として。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryuji_haiku)

GOMAさんのドキュメンタリーを観て


こんばんは

 

日付が変わって昨日は、あるドキュメンタリー番組を観ました。

 

そのドキュメンタリー番組とは、ETV特集の「Reborn ~再生を描く~」。

 

アボリジニの楽器・ディジュリドゥ奏者であり、画家でもあるGOMAさんという方を追ったドキュメンタリーです。今年の2月に一度放送されたものの再放送でした。

 

番組URL→(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259598/index.html


GOMAさんのオフィシャルサイト→(http://gomaweb.net/


今日はそのドキュメンタリーを観て、感じたことを書きます。


1 ドキュメンタリーの内容


GOMAさんは、いまから約8年前の2009年11月、交通事故に遭い脳を損傷しました。その結果、記憶や感情等、脳のさまざまに障害が起きる高次脳機能障害と診断されます。


番組のなかでも、過去の記憶が思い出せなかったり、意識を失ったり、1日のうちいま何時なのか分からなくなったりしてしまう様子が映っていました。


しかし、このことはGOMAさんに画家としての才能を与えました。


事故から2日後、意識を取り戻したGOMAさんはそれまで全く絵を描いたことが無かったにも関わらず「絵を描かずにはいられない」という思いになったそうです。


その絵とは、いくつもの小さな点が集まった点描画でした。キャンバスのなかで小さな点が少しずつ色を変えてゆき、それを遠くから見ると美しいグラデーションになります。


そうした点描画を、GOMAさんはこれまで500枚以上描いてきたそうです。


キャンバスに眼を近づけて、ひとつひとつ丁寧に点を描いてゆくGOMAさんの姿が印象的でした。


このように、いままで絵を描いたことが無かったのにいきなり絵を描き始めたGOMAさんについて、番組で彼を診察したアメリカの医師は「後天性サヴァン症候群」と診断しました。


サヴァン症候群とは、知的障害や自閉症がある人が時として芸術や数学、記憶力に於いて突出して優れた能力を持つことです。映画「レインマン」でその存在が広く知られました。


GOMAさんの場合は、そうしたサヴァン症候群の能力が交通事故での脳の損傷により後天的にあらわれたといいます。


また、GOMAさんはアメリカで自分と同じ後天性サヴァン症候群の人たちへ逢いに行きました。

一人は、プールへの飛び込み事故により音楽の才能が開花しました。もう一人は強盗に襲われて脳を損傷したことにより数学の才能が開花しました。

そして、彼らは同じように「自分に与えられた特殊な能力のおかげで、人生が自由になった」とGOMAさんに話しました。

このことは、GOMAさんにとって衝撃を与えました。


なぜなら、彼らから話を聞くまでGOMAさんのなかには大きな葛藤があったからです。それは、先に書いたような高次脳機能障害にどう向き合っていけば良いのか分からないというものでした。

繰り返すようにGOMAさんにとって絵は「描かずにはいられないもの」でしたが、絵を描くことで自分がそうした葛藤を乗り越えていけるようにはなりませんでした。「どうして自分が絵を描いているのか、絵を描かずにはいられないのか、分からない」とも話していました。


しかし、アメリカで出逢った後天性サヴァン症候群の人たちの話を聞いて、GOMAさんは自分にとっての絵がそうしたものになると気付いたのです。


番組の終盤、日本に帰ったGOMAさんは、あるところから依頼された絵を描いていました。


それは、手塚プロダクションからの依頼でした。手塚治虫の代表作『火の鳥』をモチーフにした絵を描いてほしいというものでした。


先に書いたように、GOMAさんの点描画は小さな点が少しずつ色を変えてゆき、それを遠くから見ると美しいグラデーションとなります。

GOMAさんはそのグラデーションで、夕焼けの空を舞う火の鳥の光り輝くからだを見事に完成させました。圧巻でした。


火の鳥の絵も含め、様々な絵が飾られたGOMAさんの展覧会に多くの人がつめよる様子を映して、番組は終わりました。


2 ドキュメンタリーの感想


私がドキュメンタリーを観てまず思ったのは、「こういう人生があるんだ」という純粋な驚きです。


楽家として活動していた矢先、交通事故に遭って脳に損傷を負い、その後遺症といまも向き合っている。

それと同時に、事故により開花した絵を描くという新たな才能を拠り所としている。


一寸先は闇、という言葉がありますが、GOMAさんの場合まさにその闇に突き落とされてそこから光に向かって進んでいるような人生だと思いました。


また、そうしたGOMAさんの人生からは、生きようとする意志を強く感じました。


番組のなかで、GOMAさんが話していた言葉に印象的だったものがあります。


まず「生きていくしかない」という言葉。

アメリカで医師の診察を終え、病院から出ていくところだったと思います。カメラに向かって堂々と言うよりは、独り言のように「こういう病気になったけど、生きていくしかないよね」とつぶやいていました。


次に「不安を中心に置いてはいけない」という言葉。

これは独り言ではなく、インタビューのなかで話していました。「高次脳機能障害になり、不安なことはたくさんある。でも、その不安を中心に置いてはいけない。」といったニュアンスだったと思います。


私は、その2つの言葉から、最近の自分の体調や心境について、どうしても考えてしまいました。


4月の半ばくらいから体調が悪くなり、気分も沈んでいきました。仕事で感じるストレスも大きく、「死んでしまいたい」とまで思うようになりました。

そしてそのような不調は、5月の半ばに首を吊る自殺未遂という非常に悪いかたちであらわれてしまいました。

いま思い返すと、突発的な行為でしたし、ネクタイなんか首に巻いてもすぐちぎれるに決まってますし、元々未遂で終わる可能性が高かったと言えます。


しかし、自殺未遂をした次の日になっても「死んでしまいたい」という思いは変わりませんでした。

無気力にベッドに横たわり、どうして自分が生きているのか分からない日々が続いていました。正直に言えば、そうした思いが消えたのはつい最近のことでした。


いまはそうした思いはありません。寧ろ、自殺未遂の反動かも知れませんが、自殺、特に首を吊ることについて非常に怖いと感じます。


これが正常な感覚なのでしょう。だから、この感覚を忘れないようにしたいのですが、神経症の揺り戻しの激しさを何度も体験している身からすると、その確信も持てません。


しかし、こうしたタイミングでGOMAさんのドキュメンタリーを観れたことは良かったです。

もしまた揺り戻しが起こって「死んでしまいたい」と思うようになっても、GOMAさんの闇から光へ進む人生や、「生きていくしかない」、「不安を中心に置いてはいけない」という言葉を思い出し歯止めを掛けられるからです。


GOMAさんの話によれば、絵のイメージの大元にあるのは、自分が一度意識を失いまた意識を取り戻すときに感じる「ひかり」の感覚だといいます。

なにか眩しいもののなかに入っていくような感覚を経て、意識を取り戻すそうです。「そうしたひかりの感覚を絵のなかに取り入れていきたい」とも話していました。


私はその話を聞いて、GOMAさんが言う「ひかり」とは生きようとする意志であり、GOMAさんの絵には本当に生きようとする意志が込められていると改めて感じました。


GOMAさんにとって「ひかり」とは絵を描くことです。

しかし、私にとっての「ひかり」が何であるかは分かりません。


ただ、それに対する不安はそこまで強くありません。何故ならその「ひかり」を見つけること自体に生きていることの価値があるからです。


私にとっての「ひかり」とは、俳句を詠むことかも知れませんし、文章を書くことかも知れませんし、本を読むことかも知れません。


いつかその「ひかり」を見つけて、いまの生きていることの価値を、さらに自分の生きようとする意志によって高めていきたいです。


とりあえず、いまは派遣の仕事から抜け出すために新しいアルバイトを探しています。この間の記事でも書いたように、自分に合ったアルバイトを探そうと思います。


もう夜も遅いので、そろそろ寝ようと思います。


おやすみなさい